ーーある男の正体
自分像に揺れる”ある男”の生涯
ある男は2022年に全国スクリーンで公開された映画です。
主演は妻夫木聡さん。
原作・平野啓一郎氏の小説をリメイクしたものとなっています。
在日外国人に対するヘイトスピーチや死刑囚家族への批判など、社会問題を投げかけ、人間としてのあり方を見つめ直す…
そんな物語となっています。
少し展開が急であったり、話が飛んでしまうシーンが多いので初めて見る人は終始「???」かもしれません。
自分も解説版のサイトを見るまではストーリーを把握しきれず、モヤっとしていました。
そのモヤがようやく解消でき、スッと腑に落ちました。
”ある男”の正体や、戸籍のロンダリング行為、誰に責任があるかなど、様々な考察がめぐるサスペンス物語です。
考察好きの方にはおすすめの一作かもしれません。
ではあらすじを解説していきます。
ーーあらすじ
”ある男”の登場
雨の日、雑貨店を営む1人の女性店員、谷口里枝(演者・安藤サクラ)は、店で偶然出会った常連客の谷口大祐(演者・窪田正孝)と恋に落ちました。
里枝と大祐は一緒にレストランに行き、里枝は過去に自分の身に降りかかった悲劇を大祐に告白。
悲劇というのは、元夫と折り合いが合わずに1人の次男をガンで亡くしたこと。
延命治療が間に合わずに元夫と息子の治療をめぐって口論に発展し、別れたことでした。
ここではまだ明かされませんが、大祐も心に深い傷を負っており、里枝の話に同情してしまいました。
そして2人の想いが通じ合い、ゴールイン成立。
谷口家が誕生しました。
2人はささやかな幸せに満足し、しばらくすると息子の悠人(演者・坂元愛登)を儲け、その後は悠人の妹にあたる花(演者・小野井奈々)も授かりました。
食卓を囲み、家族揃ってご飯を食べたり、お出かけに行ったり…
谷口家は幸せの渦中にいました。
ところが大祐が仕事場で木を伐採していた最中に不慮の事故死を遂げてしまい、その後大祐の法要が行われました。
大祐と1年以上疎遠になっていた弟の谷口恭一(演者・眞島秀和)も大祐の一周忌に参列し、黙祷しました。
しかし里枝が恭一を仏壇の前に連れていくと恭一は「これ、大祐じゃない。」と衝撃の発言をしました。
里枝は何回も「いや、大祐ですよ。」と言いましたが、恭一は「いや、大祐じゃない。」の一点張り。
事態が飲み込めない里枝は死んだ大祐の正体を探るため、顧問弁護士を立てることにしました。
💡ここは衝撃の展開でしたね。
一緒に暮らしていたはずの大祐が全くの別人であった。
これは自分の身分や出自に後ろ暗いことがあり、全く別人を装って家族と一緒に暮らしていたのか。。
それとも単なる恭一の見間違いなのか。。
想像は膨らむばかりですね。
ーー城戸の執念の調査
Xの正体を突き止める!
里枝が契約した顧問弁護士は妻子持ちの城戸章良(演者・妻夫木聡)であり、正義感の強い頼れる人物でした。
その後城戸は死んだ大祐を”X”と呼び、真相解明のため調査を尽くします。
すると1回目の調査で分かったのが小見浦憲男(演者・柄本明)という人物がブローカーの役割を担い、ある人物と戸籍交換をしていたという事実でした。
小見浦は現在刑務所に収容されており、服役中でした。
城戸は小見浦との面会が叶い、アクリル板越しに小見浦と会話しました。
しかし結局小見浦はシラを切るばかりでまともな証言は得られませんでした。
その後もしばらく調査を続ける城戸でしたが、次第に妻子との時間が取れずに妻(演者・真木よう子)と関係が悪くなってしまいます。
さらに他人事なのに自分ごととして捉えてしまう城戸の強い正義感が仇となり、息子や妻にまで強く当たってしまうこともありました。
そして城戸の執念の調査の末に谷口大祐という人物の素性を掴むことに成功。
大祐はもともと死刑囚の父親を持つ1人息子であり、どこへ行っても死刑囚の息子というレッテルが貼られてしまい辛酸を舐めてきました。
そして自分の顔が憎く、「自分の顔を殴るため」にボクシングを始め、その後練習を重ねてリングに立つなど一流のプロボクサーになりかけてもいました。
しかし師匠に自分がボクシングを志した本当の理由を告げるとそのままボクシング場を去り、今までの辛さが積み重なったのか、そのまま倒れ込んでしまいました。
大祐がいろんな人と戸籍を交換したのは「死刑囚の息子」というレッテルから避けたいため。
そして最初出会った里枝に一目惚れし、大祐と偽名を使って家族を作り、息子や妹までも儲けたのです。
💡やはり大祐は自分の過去に後ろめたさがあったのでしょうね。
死刑囚の息子と知れば里枝も心を開かなかったかもしれない。。
そんな不安と葛藤、自我とアイデンティティに揺れる大祐の生き様がリアリティに描かれており、鳥肌必至です。
ちなみにそんな汚名を被せられながら里枝と結婚してささやかな幸せを勝ち取った大祐の生き方に城戸は感化されていく。。という描写も必見。
そして大祐が死刑囚の息子と知った里枝と悠人は驚きを隠せないものの、それでも父親として愛し合っていた里枝と、それに関係なく父親が大好きだった悠人は「お父さん大好き。」と言いました。
過去を捨てきれずに悩む”自分像”のあり方について一石を投じた、良きヒューマンサスペンス映画ですね。
ちなみに本物の谷口大祐(演者・仲野太賀)はその後の身元調査で居場所がわかり、元恋人の後藤美涼(演者・清野菜名)とLINEを通じて出会うシーンが少しだけ描かれています。
最後、城戸はバーのカウンターで同僚と飲み、会計を済ませる際に名刺を交換しました。
同僚が自分の名前を言い、城戸も自分の名前を言おうとしますが、ここでスクリーンが暗転。
城戸が最後何と言ったかは全て視聴者の想像に委ねられました。
終了。
ーーあやふやな自分像に揺れる大祐(X)に
城戸が自分を重ねるシーン
城戸はここまで見てきた通り、里枝に依頼されて問題の真相に迫るため、手を変え品を変えて全力で調査をしますが、途中、自分を鏡やアクリル越しに見つめるシーンがあったり、他人事なのに頭を抱えてしまう城戸の姿が描かれており、この細かな描写に気づいた人は着眼点が鋭いと言えましょう。
城戸は妻と折り合いが悪く、関係もすっかり冷め切っていました。
息子にも辛く当たってしまうことがあり、大祐は不幸な過去を持ちながらも自分で幸せを掴み取ったのに対し、自分はいつまで経っても弁護士の仕事にかまけてばかり。
この対照的な生き方の違いに最初は気づけず、頭を悩ませていました。
それに気づかせたくれたのが紛れもない大祐自身の生き方でした。
つまり”ある男”というのは、端的に言ってしまえば「自分」のことなんです。
解釈はいかように取れるけど、自分自身の生き方について真剣に考える、そんな城戸の姿が作中を通して描かれていました。
そして最後のバーで城戸がルネ・マグリットの作品「複製禁止」を見つめるシーンがあり、まさしく複製禁止=自分を映してはいけない。。という、この作品にマッチした表現となっています。
その複製禁止という殻を”他人との戸籍交換”という形で打ち破ったのが谷口大祐だったのです。
だからこそ今の幸せを掴み取れた。
それにようやく気づいた城戸は家族との時間を増やすことで妻との関係も修復し、息子と一緒に笑顔で語らうことができた。
1番葛藤していたのはXの調査をしていた城戸自身だったんですね。
そういう細かな点も含め、深く考えさせられる映画だな〜と思いました。